「わーい!炎の観音様だ!人間がアリンコみたい!」

「僕なんか小さいから、きっと観音様には分かんないよ」

「いいえ、観音様はどんな小さな生き物でも慈愛の目で見ておられるのですもの、クーちゃんが分からない筈はないわ。

目を閉じて観音様を見て御覧なさい。クーちゃんを抱っこしてくださっているのが見えるでしょう?」

「うわあ~、本当だ。観音様ってやさしいんだね。僕、最高にしあわせだ!」

「よかったね。では続きを話すわね。」「オ~ケイ!」

《「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」で始まる『学問のすすめ』の思想を、そんないとも簡単に変えてもらっては、これから福澤先生の思想を勉強してみようと、喜んで先生の書かれた自伝を読み始めた私としては、大変に困る。

研究者なら理由をご存知だろうが、私に分る筈がない。

そこで、時事新報の論説とはどんなものか調べてみた。

福澤諭吉の全集には、明治、大正、昭和に編纂されたものがあり、時事新報の論説は大正版より全集に入れられている。

論説は全て無記名で掲載されていたため、それを福澤自筆文と他者執筆文を仕分けたのは、石河幹明であるが、それらが福澤自筆の文章か否かではなく、時事新報論説の主張は福澤のものとみなすべき、と都倉武之(慶応義塾大学准教授)先生は“慶応、ウェブでしか読めない時事新報”で述べておられた。

その上で、それらの論説は「その日限りの使い捨ての主張」であるとも述べておられる。》

「むずかしい~・・・」「チルちゃん、“時事新報”ってはじめて聞く言葉だよ。」

「じゃあ、“時事新報”のお話も少ししなければ次に進めないわね。」

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