「あっ!生まれたての赤ちゃん蝶、もう、お花を見つけて蜜を吸ってるよ。かわいいな。」

「クーちゃん、またお外ばかり見て・・・でも、しかたないわね。」

「また、お話は一万円札の人に代わりますよ。」

《慶応では、先生方は「常に“疑い”を持って考えよ」と言われていた。

福澤先生の執筆とされている時事新報の論説も、先生自身が執筆されたものか、他人が執筆したものを先生の執筆とされているのか、正確なところは分らないようである。

読書会講師の話では、時事新報の社説を読めば福澤先生の考えが書かれているので、先生の考えがよく理解できるとのことであったが、それら全てを先生の考えとすることには、無理があるのではないかとも思う。

又、都倉先生が仰るように、福澤擁護論と批判論の論争に対し時事新報の社説を、新聞であるが故の「その日限りの使い捨ての主張」もある、としてだけで切り捨てても良いものだろうか。

福澤先生が晩年に書かれた『福翁自伝』の中に、先生の思想が読み取れる部分があるのではないかと、私は考えている。》

「早く次へいこう!」「あらあらクーちゃん、はいはいそうしましょう。」

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