新宮弁講師をやってて時々陥る恐怖感が、現実のものになったかと思いました。「置いた」は新宮ではもともと使われてない!。やはりそうでしたか。

私が在部(1カ月)した新高野球部でも、そういえば何と言っていたかなかなか思い出せず、少々気になりながらの学会発表・マスコミ発表ではありましたが、三鷹を引き合いに出すまでもなく、新宮で「くろにえる」状態になるとはショックです。
妹からも「『置いた』ら言うて知らんデ」と言われ、あわてて小学校の友人に確かめたところ、「『置いた』言うたし 『たばり合い』言うたね」とのこと。ホッとしました。

熊野川上流域でのこと、少なくとも九重ではそう言ってました。いやー、新宮弁講師の肩書きが重いです。いっそ関西弁講師にしたらと思いましたが、京や大阪の人が文句言うやろのー。なにやら結局、川丈筋に特化しそうな予感が・・・。

「ふぁーるく」については、上流域では知りませんでした。そやけど、京ことばを新宮化させたようなエエ響きどすナー。今度、三鷹少年野球界で使ってみたいと思います。「ふぁーるくってなーに?」と子供が訊いてきたら、さてどう対応しましょうか。

寺村さんの「おくしょ!」も川筋には伝わってきませんでした。しかし、桧杖はどうかとか高田はどうやったんやろとか考えるのも面白いと思います。それにしてもわずか10Km、20Km離れるだけでこの有り様。熊野は奥深いと思います。南紀各地のいろんな言葉を、皆さん是非発表して欲しいですね。

それから和歌山県準優勝とともに西日本第3位、私は忘れていたような気が・・・。なにしろ、東京に例えれば都大会準優勝といえば夢の成績。それ以上の世界は三鷹少年野球界では思考不能です。失礼しました。「蓬莱フレンズ」は西日本第3位です。

最後に「アサブラ」。もちろん知ったあるデ。「アサブラ」とともに「ゴムぞうり」ならぬ「ゴムじょうり」と言いました。上流域ではハダシとわらじも健在でした。小生、中3の時(昭和39年、東京オリンピックですね)、軟式テニスで県大会(紀三井寺)に行く前、「先生、わらじで行ってもかまん?」と訊いたら『アカン!』、靴、履いてけ」と言われたことがあります。アサブラにそれぞれの家の「焼印」を押して使っていました(*アサブラにも焼印というのががすごい)

(2003年5月20日発行「熊野エクスプレス15号より転載」)

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