この「付録」は、講師の城かず坊先生が、我がらの新宮弁講座を熊野エクスプレスに連載中に投稿したものです。
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熊エプ7号「編集長の独り言」で、編集長が私のこと書いていましたね。新宿では数々の暴言を失礼しました。暴言ついでというわけではないんですが、私は編集長に(編集長の新宮弁は)「いかがなものか」ではなく「嘆かわしい」と申し上げたつもりでしたが。ハハッ。

いや、というより、(怒らんと聞いてぇの)「こころ」は誰よりも熊野という編集長が、世界を舞台に飛び回り過ぎたがためか新宮弁がグローバルな波に過酷にも揉まれたように見えて、「無理もない、おいたわしや」と思ったという次第であります。同時に「心の熊野度」との乖離の具合に「いとおかし」と思ったワケでもあります。(これ、やっぱりまずいやろか)。

人には言葉が変わっていく人(A)と、わりと原型を保つ人(B)と、さらには変われない人(C)がおるような気がしてオモシロイと思います。

私には三姉妹がいますが、上から順に(C)(A)(B)となっているようです。Aタイプの妹など「私、永いこと帰ってないから九重弁忘れてしもて、ようしゃべれないのよ」などと変なイントネーションで話し、(B)の妹から「なんなン、私らそんなことないデ、おっかしいヨ」などと言われています。姉は(C)とは言い過ぎにしても、話のふしぶしに九重の香りがつい出てしもて「こらアカン」と思ってます。

ところで編集長。私は新宮弁のみならず、全国の方言保存論者、且つ世界各地の言語保存論者のつもりで、夢はトレンド女優主演・新宮弁のラブストーリーをフジテレビあたりでやってもらうことですが、それに先立ち「世界方言宣言」を熊エプ紙上で高らかに唱いたいと思うのですがいかがでしょうか。原文は熊野語で作成し和訳、英訳なども同時に発表したいと考えます。新宮弁に訳すことを「熊訳」でどうでしょうか。そのうち、熊エプ新宮弁講座で”次の和文を熊訳せよ”なんていうのもやりたいと思いますが。

(2013年3月3日発行「熊野エクスプレス8号より転載)

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