カネやん、無事帰還おめでとうございます!約5カ月の間、「ラー3世号ヨット通信及び航海日誌」を新宮ネットに連載させていただきましたが、読者から大変好評を頂戴しました。貴殿のご協力に対し改めてお礼を申し上げます。

私個人としても、ラー3世号を自由に操って広い海を走りまくるカネやんの姿と、今、読んでいる司馬遼太郎の「菜の花の沖」の主人公・髙田屋嘉兵衛の北前船にかける情熱とが重なって、とても興味深い日々でした。

潮の流れや風の向きを読みながら大船を操る海の男の生きざまに感動しています。千石船のように船の大きさを表す言葉に米の「石」を用いるように、日本の社会は、基本的に農業を基盤として成り立っていました。土地を持たない者が財をなすには海に出るしかなかったのかもしれません。

嘉兵衛は淡路の都志の出ですが、海からすぐに山がある、耕す平野のない紀州の地は、もともと海に出る環境にあったので多くの優秀な漁師を生んだことしょう。生まれた土地に長く住んで土からものを生み出すのではなく、海に出て漁をすることが、外に出て新しいことをして生きてゆくことにつながっているような気がします。

黒潮に乗って房総まで行って移り住み、漁業を教えた者たちが故郷を懐かしんで付けたという「白浜」や「勝浦」の地名にも歴史が見えます。また、もともとカツオ漁が盛んで、鰹節を発明したのも紀州で、その製法を四国や九州へ教え伝えたといわれていますが、そのことは紀州・熊野人の進取の気概に通じていると思うのは私だけでしょうか。

潮の流れや疾風に翻弄されながらも目標に向かって突き進む姿は、一つの人生の終盤を迎えつつあるこの老体にも、まだまだ新しいことへ挑戦する気概を思い起こさせてくれました。

金田さん、お疲れさまでした。そして、ありがとう。

新宮ネット編集長
八咫烏

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