utah変化する巨大な岩の尖塔群 ブライス・キャニオン国立公園

温度は摂氏1度。頬を打つ風が冷たい。日の出前の光景は、まるで骨の柱が一面に屹立しているようで、なんとも不気味だった。ブライス・キャニオンの大自然の上空には、下弦の月が浮かんでいる。目を凝らすと月の陰になった部分も見え、円形の中で下の部分だけが光っているという感じだった。空気がそれだけ澄んでいるからだろう。全米で最も空気が澄んだ国立公園というのも納得できる。遠くにマウント・ナバホが霞んでいる。

朝陽が顔をのぞかせたのは7時36分。まず左側の岩壁に日が当たり始めた。一瞬、ぼっと着火音が聞こえたような気がした。岩壁下の繊細な尖塔に朝陽が動くと、今まで白く見えていた岩柱が赤く染まった。風景の一部がまるで血を注入されたかのように生き生きとしてきたようだ。斜めからの鋭い光。何かただならぬ決意をしたかのようなパワフルな光の鋭さに、心の奥から熱いものが込み上げてきた。

時間の経過とともにその赤は朱色となり、濃いオレンジ色が岩肌を包んでしまった。その上に黒い影が重なり、岩柱に立体感を与えている。1000本を超す尖塔群の目覚ましだ。何も聞こえてこない。まさに別名「サイレント・シティ」である。

私はアントニオ・ガウディの「サグラダ・ファミリア(聖家族教会)」の建物を思いだした。ガウディはこの岩の形を見て、あの不思議な建築のイメージが湧いたのじゃないか。私は勝手にそう思い込んだ。

大自然が演じる絵巻物を目の前にし、感動が私の全身を駆け巡った。今までにアラビアの砂漠や、カナダの大自然、南太平洋の島々、アジアの秘境で、ずいぶんと多種多様な景色に接してきたが、風景を見て鳥肌が立ったのは初めてだった。サンライズ・ポイントの展望台には観光客が増え始めた。みんな黙って光のショーを見つめている。

ブライス・キャニオンはユタ州の南部に位置し、もっと具体的に言うならグランド・キャニオンの北方に広がる国立公園だ。色彩豊かな石柱が林立する大景観は今から6300万年から1億4400万年前、つまり白亜紀前後に形成されたものである。この時代には、海がメキシコ湾から北西に向かってアメリカ大陸に海進や海退を繰り返していた。そのために大量の海洋性堆積物がこのエリアに沈積してマリーンロックとなった。これがブライス・キャニオンの下層部分に見られる茶色やグレーの地層だ。

その後6300万年から4000万年前の第三紀に入ると、この一帯に淡水湖ができ、流れ込む川が周辺の高い土地から鉄分や石灰分を含んだ土砂を運び込んだ。その堆積物がピンクの地層を形成したのである。

そして、今から1100万年前、ユタ、アリゾナ、コロラド、ニューメキシコの4州が交わる一帯で、大きな隆起が起こる。これはコロラド・プラトー(高地)と呼ばれ、その表面は何億年もの過去の地層が階段状に剥き出しになり、海底の地層が持ち上げられブライス・キャニオンが生まれたのである。

このような見事な石の彫刻になった理由をガイドのマーク・ニコルズさんはこのように説明してくれた。
「岩に水が沁み込みますでしょ、夜になり、その水が凍結すると体積が膨張し、岩層を横に押し広げます。日中になると今度は氷が溶け、水が岩肌を削っていったんですよ」

つまり凍結と氷解が長い年月をかけて繰り返され、地層のもろい部分が溶かされ、強い地層だけが残り、現在の美しい尖塔群が形成されたのである。

自然は偉大なアーティスト

ブライス・キャニオンは縦に長い国立公園で、29キロのリム(淵)に沿って13もの展望台がある。また合計80キロにもおよぶハイキング・トレイルも完備されている。私たちは一番短いナバホ・ループ歩くことにした。サンセット・ポイントから降りて一周して帰ってくる全長3.5kmのコースで、標高差は159mもある。

最初はずっと下りで、ブライス・キャニオンの胎内の奥深く入っていく感じだ。茶色の岩肌が美しい。100mぐらい下降したところで、ひょいと後ろを振り返ると、見事な岩の彫刻群の間に真っ青な青空が見えた。海底から海面を見上げている感じだ。

そこを飛行機が斜め45度の角度で飛んでいくのが見えた。飛行機雲の先頭に飛行機の姿がはっきりと捉えられた。なんという空の青さであろうか。じっと眺めていると吸い込まれて行くような気がした。同行のカメラマンは「こんな青さは見たことないなあ。空気が澄んでいるから、光線が強いんだよね。こんなに絞れていいのかなと思うぐらい明るいね」とシャッターを押しながら語る。彼の気持ちもハイになっていた。

「ずっと茶や黄色の世界を眺めてきたでしょ。黄色と青は補色関係にあり、黄色をじっと見つめていて、青を見ると青色が強調されるんだよ。それにしても何という青さだ」

岩の林の間の道を歩いていると、風が私を巻くように吹いていく。古代からの風の通り道。岩の彫刻の影が大きく日が沈む1時間前に、サンセット・ポイントに戻り、あらためてブライス・キャニオンの雄姿を眺めた。朝見た光景とは明らかに違う。日の光によってこれだけ色合いが違うのか。マークは「元々はピンクの岩なのだけれど、太陽の反射が強いために白く見えるんだ」と説明してくれた。

岩の形はまさに千差万別。遠くにパルテノン神殿のような岩があったかと思うと、手前の岩はアラブの古城のように見えた。アイルランドの十字架のような岩もあるし、インドのマハラジャの宮殿のような恰好の岩もある。

じっと、自然のアートに耽溺していると、岩と岩の間からエネルギーが吹きだしているかのような錯覚にとらわれた。展望台の回りに立つアカマツの林を風が抜けてくる。枝葉を揺らすザァザァという音が波の音に聞こえた。遠い遠い昔、この地は大海に沈んでいて、膨大な時間がこれらの彫刻群に凝縮している。私は気の遠くなるような歴史を実感した。

5億5千万年前の土の匂い
ユタ州での三葉虫化石掘り

地球の誕生はおよそ45億年前。それから7億年をかけて地殻と原始大気が形成され、その後地球内部から放出された水蒸気の冷却によって海ができた。

海の出現は生命の誕生を意味した。生命の起源は34億年前。最初はランソウ類、20億年前にはリョクソウ類が出現し活発な光合成が行われ、古生代のカンブリア紀が始まった。初期の生物のひとつである三葉虫が出現したのはこのカンブリア紀で、今から5億5千万年前のことだ。

さて、州都ソルトレイクシティの南西、車で2時間のところにデルタという町がある。その町からさらに西へ45分ほど、砂漠の道を進んで行ったハウス山脈には、カンブリア紀中期の三葉虫の化石が大量に埋まっている。

この化石採掘ツアーを専門にしているのは「ユー・ディッグ・フォッシルズ」という会社である。社長のシェーン・クレイプルさんに話を聞いた。

「私どもの化石採掘現場の広さは40エーカー(4万8000坪)もあります。30年前、父親の代から州の土地を借り化石を発掘しています。最初は大学や博物館へ提供していたのですが、私が数年前から化石採掘ツアーを企画しました。全くの素人でも2時間で5個ぐらいは見つけられますよ。三葉虫の種類は4種類、世界一三葉虫を見つけやすいところです(笑)。ええ、ここで掘りだした化石は何個でも自分で持ち帰ることができますよ。年間のお客さんの数? 3000人前後ですかね。特に4月から10月にかけて多いですよ」

入園料は1時間6ドル、4時間20ドル、1日30ドルと安い。ハンマーと化石を入れるバケツは貸してくれる。さっそくシェーンさんが案内してくれた場所に腰を下ろし掘り始めた。先客はカリフォルニアから来たという中年のご夫婦。バケツの中にすでに10個の化石が入っている。そのひとつは4センチはあろうかという立派なものだった。2時間ほど掘っているが全然飽きないよ、と笑顔で語ってくれた。

シェーンさんのアドバイス通り、なるべく平らな石を探し、ハンマーでたたき割るがなかなか出てこない。どうも石の選別が悪いらしい。シェーンさんが、これを割ってみればと投げてくれた石の塊を「えいや!」と思いきり叩くと、中から3センチ大の三葉虫の化石が出てきた。

化石は5億5千万年ぶりに空気と触れたのだ。石と石の間から太古の空気が立ち上ったように見えた。石を持っている手が震える。三葉虫に付いている泥も5億5千万年前のものなのだ。私は遠い遠い太古の土の匂いをくんくんと嗅いでみた。

ひとつ発見すると俄然面白くなってきた。。あちこち動き回り“師匠”が教えてくれた通りの石を探す。見付け方のコツが分かってくると、発見の確率はずいぶんと高くなった。結局2時間で10個の化石を採集することに成功した。
大の大人がこれだけはまる化石探し。先ほどのアメリカ人が言った通りである。実際にアメリカの大地を掘り、太古に心を馳せる旅は刺激的である。

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