oman2アラビア半島を「右向きのブーツ」に例えると、 オマーンは、つま先から土踏まずのところに位置する。日本人には馴染みが薄い国だが、あのシンドバッドが船出した国と聞くと、身近に感じる人も多いことだろう。古代から海洋国家の名で知られ、「海のシルクロード」の発着点として栄えた。

砂漠に広がる近代都市、マスカット
オマーンの首都マスカットはSF的雰囲気が漂う町である。 薄茶色の砂漠のなかにハイウエーが走り、近代的な白亜のビルや漆喰塗りの白い家々が整然と並んでいる。それら建物の中でひときわ目立つのがモスク(回教寺院)だ。アラビアの強い太陽光線を浴びて輝く大きな尖塔は、宇宙基地のロケット発射台のように見えた。もし月に都市を建設するとなると、こんな感じになるのだろうか。

道沿いにはヤシの木が植えられ風に揺れている。ロータリーには緑の芝生が輝き、まるで太陽が緑の絵の具を溶かしているかのように鮮やかだ。世界の都市を歩くとその町が持つ独特の色合いを感じるが、マスカットの場合、白、青、緑、茶色が強烈だ。行き交う人もフレンドリーで、鋭い視線も感じられないし、町全体が清潔感にあふれていた。第一印象はきわめて良好。この国が好きになりそうな予感がした。

マスカットという地名はアラビア語の「落ちるところ」という単語に由来している。オマーン湾に、かぶさるように岩山が迫り出していることからこの名が付けられたという。アラム宮殿やスーク(市場)のある旧市街と、近代的な建物が建ち並ぶ新市街とのコントラストがこの町の魅力。想像以上に緑が多く、澄み切った青空に映えて眩しいほどだ。

砂漠を疾走する月光仮面
オマーン到着の翌日、マスカットの南東200キロのところに位置する港町スールへと向かった。スールは、アラビア半島からインド洋、東南アジアへと続く「海のシルクロード」の出発地点でもあり、また終着地点でもあった。

オマーンというと「砂漠の国」というイメージが強いが、古くから海洋国家として知られて、その中心的な存在がこのスールだった。『アラビアン・ナイト』の中に登場するシンドバッドはこのスールの港から船出したと信じられている。

私たちは、この港町を起点にしてアオウミガメが棲息するラス・アル・ヘッド保護区の海岸線を巡る計画だ。 岩山をぬうようにして造られた砂漠のハイウェイをスールに向かって飛ばす。時速150キロのドライブは心地よい。前を走る石油満載のタンクローリーを追い越していく。灼熱の砂漠には赤い岩山が島のように点在し、遠くの方は靄に包まれ、中国の桂林を描いた水墨画のようだ。

こんな風景をどこかで見たことがあるなあ、と記憶の糸をたぐっていたら、突然、私の脳裏に浮かんだのは映画『猿の惑星』の砂漠シーン。なるほど、この映画のロケはオマーンで行われたという、映画ファンの噂を信じたくなったほどだ。 この青空は何という深さだろう。重い空の青が車を、人々を押しつぶしそうに見える。民族服を着た若者が運転するバイクを追い越した。その服はデシュダーシといい、ワイシャツの裾を長くしたようなもの。モサルというターバンの端を風になびかせた様はまるで「月よりの使者」月光仮面の姿であった(ちょいと古い?)。

アラビアンナイトの世界
どのくらい暑いのかな、と車の窓を開けると熱風が勢いよく飛び込んできた。「多分、50度Cぐらいはあるでしょう」とドライバー氏。「マスカットに勤務したイギリスの駐在官が、あまりの暑さのために今までに4人も亡くなっているんですよ」。私は慌てて窓を閉めた。

車は今まで走ってきた17号線から海に向かって進路を変え、オマーン湾に沿って走る。ここからスールまではあと100キロ。アップ・ダウンの多いかなりラフな道だ。途中の小さな村で休息。迷路のような細い路地をはさんで、白く塗られた四角い家が続いている。この迷路に入ると、時間が『アラビアン・ナイト』の時代で止っているかのようだ。

マスカットから約3時間のドライブでスールに到着。吸い込まれそうな真っ青な空の下に、マッチ箱のような白い建物が並び、その周囲には薄茶色の砂礫の砂漠が広がっていた。私の温度計は46.5度を示していた。

oman1スールの海岸には海を眺めるラクダがいた
スールの風景はアラビア半島のどこにでもあるような平凡なものなのだが、「シンドバッドが船出した港」と聞かされると、この町が急に身近に思えてきた。スールはオマーンが海洋国家として栄える(8~15世紀)以前から船乗りの町、船大工の町として有名だった。現在でも、シンドバッドの心意気と船造りの伝統は現在まで受け継がれている。

その船はダウ船と呼ばれ、大きな三角帆を張った木造船。今から1000年以上も前からからオマーンをはじめアラビアの船乗りたちは、この帆船に乗りアジア、インド、アフリカとを結ぶ一大貿易ネットワークを作り上げた(これは後述するアオウミガメの活動範囲と重なる)。彼らはインド洋に吹く季節風を知っていたからだ。4月から9月にかけて風はインド方向に向かって吹き、10月から3月にかけては逆の風が吹く。この風をうまく利用した航海術で、古くはメソポタミア文明とインダス文明の交流があったし、10世紀には中国の広東まで航海した記録が残っている。

商品としてアラビアからはガラス製品、乳香、ディエッツ(ナツメヤシ)などを運び、アジアからは香料、陶磁器、絹、材木などが運び込まれた。物が動くと人も動く。そしてお互いの文化にも影響を与える。東南アジアの国々やアフリ カの東海岸にイスラム信者が多いのは、アラビアの船乗りたちが「宣教師」の役目も兼ねていたからだろう。

現在オマーンは世界有数の石油輸出国だが、当時の輸出第一品目はこの乳香であった。乳香はアラビア半島の南部にしか成育しないカンラン科の樹木から採れる樹液の小さな塊である。色といい形といい氷砂糖そっくり。それらを香炉にのせて燃やすと神秘的な香りに包まれる。乳香は儀礼用に珍重され、当時金と等価で取り引きされるほど高価なものだったという。しかし、現在、市場で10センチ四方のビニール袋の値段が1オマーン・リアル(約330円)だった。

スールに着いた翌朝、海岸を散歩していると、1頭の大きなラクダと出会った。オマーンでは海辺にラクダがいてもちっとも不思議ではない。砂漠がそのまま延びて海岸の砂と密かに通じ合っているからだ。朝陽を浴びながら、ラクダの大きな目は水平線を行き来するダウ船を凝視していた。かつて何人の船乗りが一獲千金の夢をみて、このように海を見つめたことだろう。

■いよいよアオウミガメ保護区へ■
スールのホテルを夜10時、オマーン湾に突き出たラスアル・ジュナイスのビーチ(ラスアル・ハッド保護区)へと向かった。この周辺の海岸線はインド洋を回遊するアオウミガメの産卵地として知られている(インド洋海域で確認された3つの棲息地のひとつ)。スールの町から海岸に沿ったラフ・ロードを走ること1時間30分、「アオウミガメ保護区」へと到着した。

入口には遮断機があり、政府のスタッフが見学に来る人たちをチェックしている。ここで、自然保護局発行の見学許可書の提示を求められた。アオウミガメやアラビア・レオパード(ヒョウの一種)などの見学には自然保護局の許可書が必要なのだ。海岸にはカメの保護区を示す大きな青い看板が立てられ、その横には見学の注意事項がアラビア語と英語で書かれていた。 オマーン政府は15年前から環境保護の政策を打ち出し、6つの動物保護区を指定した。海ガメに関しては7年前から「タートル・プロジェクト」を発足し、このラスアル・ジュナイス周辺のビーチがその保護区のひとつに選ばれた。

取材を前に「タートル・プロジェクト」の責任者であるアリ・アル・キユミ氏を訪ね、話を聞いた。「オマーンの海には5種類のカメがいます。アオウミガメをはじめ、アカウミガメ、タイマイなどが海岸で産卵しますが、一番多いのはアオウミガメ。ラスアル・ハッド保護区では5月からの産卵シーズンになると、毎晩わずか1キロのビーチに100~200ものアオウミガメが上陸し、穴を掘ります。そりゃあ、壮観ですよ」

日本のアオウミガメの産卵地としては、鹿児島県の屋久島や小笠原諸島が有名だ。最近の研究では、ウミガメは1シーズンに1~5回産卵することが明らかになっている。が、ウミガメが産卵上陸するごとに交尾をするのか、あるいは1シーズンにたった1回の交尾でオスから精子を受け取り、産卵ごとに受精するのかはまだ解明されていない。

キユミ氏から興味ある話を聞いた。「ウミガメの卵は孵化の温度によって性決定がなされるのです。29度Cより低いとオスが生まれ、高いとメスばかりになるんです。この性決定は、卵が生み出されてから孵化するまでのある一定の期間の温度が重要なようですよ」

卵を生んだ場所、季節、地中の温度、日照時間などによって生まれてくる子ガメたちの性が決定され、それがうまい具合にバランスが取れている。自然の摂理に改めて敬意を表したい気分になった。

■モルジブ諸島まで長い航海をするカメもいる■
キャンプ場のような保護区に車を止め、保護局のスタッフと海岸に向かった。今夜、産卵する瞬間に立ち会えるのか。上弦の月が私たちの後を追っかけてくる。スタッフから「こちらがオッケーというまで、勝手に懐中電灯やストロボは使わないように」と注意があった。

真っ暗な道をビーチに向かう。海に近づき、保護官が砂浜を照らすと、直径2メートルほどの大きな穴がいくつも視界に入ってきた。それこそ足の踏み場もないほど。保護官によれば「今夜は150匹ぐらいは上陸しているだろう」とのこと。

多くの穴にアオウミガメが潜み、産卵の真最中であった。「フガァ」という大きな溜め息が潮騒に混じって聞こえてくる。近くの穴に寄ってみた。カメは目から大粒の涙を流している。生むのが苦しくて涙を流しているのではと質問 してみると「海中に棲んでいるウミガメが余分な塩分を排出しているんですよ。目の横にある塩類線というところから高濃度の塩水を粘液として出しています。これは目を保護する効果もあります」との答えが返ってきた。そのカメの甲羅の長さは108センチもあり、保護官がインコネルと呼ばれる標識を前足に付けた。どこの国まで泳いでいくのだろうか。

ウミガメは一晩に平均で100個の卵を生み、それらは55日後に孵化するという。保護官の足元の穴を見ていると、砂が少し持ち上がり始めた。「子ガメが出てくるよ」と言うや否や、小さな生物がもがきながら小さな顔を地上に出した。海を目指して一生懸命に進む。それはぜんまい仕掛けで動くブリキのおもちゃのような感じだ。孵化から地上へ脱出するまでには数日から1週間もかかると、いう。

しかし、穴の周辺には卵を狙うキツネの足跡が点々と付いていた。カメの卵はキツネの大好物だし、首尾よく孵化しても海に到達する10分の間に鳥の餌食になることも多い。生存競争はどこでも厳しい。この浜で生命を授かった子ガメたちの何匹が、長い航海を終えこの浜に戻ってくるのだろう。

産卵を終えたカメは前足で砂をかけ穴を埋めていくが、その砂はかなり後方まで飛んでいく。私は、マスカットで会ったキユミ氏が語ってくれた言葉を思い出した。「この海岸で標識を付けたアオウミガメが、インド沖に浮かぶモルジブ諸島まで行っていたのが確認されたことがあります」。遥か3000キロの「グレート・ジャーニー」である。海に帰るカメの這いずった砂浜には、まるで戦車が走り回ったかのような模様が描かれていた。
グッド・ラック!

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