このところ寒い日が続いておりますが、皆さまお変わりありませんか。荻悦子ファンの方、お待たせいたしました。新年初めての詩の紹介です。今回は、詩集「「「樫の火」(思潮社)」の中の一遍「失くしたもの」です。

失くしたもの

失くしたものを数えていて
ワインをこぼした
うっかりと
夏帽子
モンブランの万年筆
狐の毛の短い襟巻き
品物よりも
失くしたそれらに纏わること

踵の高いサンダルで岩を伝った
心から笑い
今この時に熱中する
元からなかったものを
取り戻せるかのように錯覚した
なぜだったろう
六月の海にいたあなた
万年筆を失くし
探そうともしなかった
初めて自分で買ったものだった

あのひともあなたもいなくなって
たくさんの空間を私は過ぎた
多くを望んだわけではなかった
知らない町でバスを降り
襟巻きが後ろに滑り落ちたのに気づかない
優しい人たちはどこかへ去った
次から次へ失くしながら日を送る

大きな鉢に苗が一株
この夏
終わった花を抜いた後に
ふいに伸びてきた
蕾ができてみると
二年前に植えてすぐに枯れた花だった
ベルの形の花の姿は覚えている
花の名を思い出せない
呼び名を失くして
小さな花が咲くのを待っている

荻悦子(おぎ・えつこ)
1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。
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