ようやく秋本番といった季節になりましたが、みなさま如何お過ごしでしょうか。秋と言えば読書の秋。新宮市熊野川町出身の詩人・荻悦子さんの詩の世界に浸ってみませんか?

昨年、出版されたばかりの詩集「「樫の火」(思潮社)の中の一遍「空の汀」を紹介します。

空の汀

 

広場がほんのり桜色を帯びている
敷材が新しくなっていた
表面に白い粉が浮いている
この広場で海を感じたという人のことが
心に浮かんできた
ここから海へは遠い
おそらく
その人の胸にたゆたう海へも

テラコッタに似た質感
奥の方に金雀枝が枝を垂れている
濃い緑の葉の下に
海へ下りる道が隠されているかもしれない

工事の後片づけをしている人たちが言う
これはね
年寄りも子供も歩きやすいのだから
私は帽子のつばを深く下げ
微笑みを浮かべて広場に入った

足裏に柔らかい弾力が伝わる
浜辺を行くつもりでゆっくり歩いた
階段を降りるとルピナスが咲いていた
赤い花が色を薄めながら円錐状に咲き昇り
穂先が黄色に萌え出て脆いところを突く
ルピナスの花はすっと私の胸に移動した

水が静かに寄せてきて爪先に触れる
褐色や青灰色の細かい砂利
砂利に混じる貝が見えるようだが
行ったことのある岸辺ではない
どことも言えない
ただ汀というところ

水が泡立ち皺を寄せ退いていく
小さな音が心地よい
澄んだ水の中で砂が揺れ上がる
水が動いているのに
海水の匂いがしない

顔が上げると
うかがい知れない遥かな水底
白い光の波に私は乗った
尖ったルピナスの花を抱え
凪いだ水色の空
雲の岸へ

荻悦子(おぎ・えつこ)
1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。
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