捕鯨の仕事の中で、海に出てくじらと格闘する漁師たちの仕事は、いわば花形であろう。しかし、海には出ずに陸上でやらねばならない重要な仕事もたくさんあったのである。

事前にくじらを発見する役を担う山見での仕事としては、見張り役、狼煙場役、通信旗役、炊事役などがあった。また、捕獲したあの巨大なくじらを陸に上げた後の解体作業もそれに劣らず重要な作業である。

造船所では、勢子船をはじめ捕獲作業に使用する船は、使用目的により造りが違っており高い技術を必要とするがすべてここで造られる。また、網掛突取法の導入により、網は捕獲道具として重要視され、自前でつくり修理したのが網加工所である。

樽加工所では、鯨油の保管用とくじらを捕獲する際の網の浮きに使用するのに使われる樽が造られる。銛加工所では、くじら捕獲用の各種銛・剣(12種)や解体作業の道具などの製造、修理を行った。採油場では、くじらの皮脂から油を採り、石鹼や灯明、田圃の殺虫剤等に用いた。また、筋加工所では、くじらの筋を抜き取り、弓の弦に加工した。

このように陸上作業に従事する者は専門職人を中心に相当数にのぼり、村中の人が関わった事業であった。繁忙期には近隣各村や遠くは志摩方面からも出稼ぎにきたと伝えられている。

太地の古式捕鯨に関して特筆すべきことは、捕鯨に携わる人々が自分の仕事を誇りにしていたという点である。それを示すものとして、明治時代に名字帯刀を許されたときに、自分の仕事にちなんだ名字を付けた者が数多くいた。その一例は以下の通りである。

・脊古・・・勢子船の羽刺(最も格式の高い羽刺)
・漁野・・・脊古同様、羽刺あるいは水主
・海野・・・漁野に同じ
・網野・・・網船あるいは網の加工に関わった
・遠見・・・くじら見張り場で望遠鏡を使って見張りをした
・汐見・・・漁場の潮の流れの速さや方向、風向きなどを調べ作業船や見張り場に伝えた
・筋師・・・くじらの筋を加工して弓の弦糸を製造した
・由谷・・・くじらの皮脂を炊いて鯨油を採った
・梶・・・・捕獲道具をつくる鍛冶職人(元は鍛冶)

0