最初にお断りしておかなくてはいけないのですが、この話は、全くの私個人の話であってみなさんにはまったくもって関係もなく面白くもない話です。わずかに、ゴルフに関心のある方だけに、ご自分の体験と比較して少しだけ関心を持っていただけるかもしれない話です。

この記事を読んでいただいている皆さんの中で、ホールインワンの経験のある方は何人いらっしゃるでしょうか。おられたら是非、コメントにご自分の体験談を書いていただきたいと思います。そうなんです。実は、私がホールインワンをやってしまったという話です。
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時は、1988年7月30日、ところはシンガポールにあるラッフルズ・カントリー・クラブ、パームコースの7番、83年の赴任から数えて間もなく満5年を迎えようとしている頃でした。150メートル(165ヤード)のパー3で抜き出したクラブは5番アイアン。方向だけを意識してブンと振り出すとボールはピンに向かって一直線に飛んで行った。

グリーンの真ん中手前でトンとバウンドしてさらにトン、トンと2バウンドしたあとツーっと転がってボールが視界から消えた!同伴していた他の3人が、もしやと叫んでグリーンに向かってダッシュする!私も後から追いかけてダッシュする!キャディーもその後から懸命についてくる。果たしてボールはホールの中か、或いは。ピンの陰に隠れているのか?

一番先にホールに駆けつけた一人が歓声を上げる。「入ってるー!」2番目、3番目の同伴者、そして自分自身がホールを確かめる。確かに入っている!最後に、追いついたキャディーがもう一度歓声を上げる。頭が真っ白になる。まさか、まさかのホールインワン!すべてのゴルファーが生涯で1度できるかどうかわからないと言われるホールインワンをやってしまった!

後のホールはもうどうでもよくなって早くクラブハウスに帰って落ち着きたいと思う。このホールに来る前に好調で新記録が出る可能性があったのならば話は違うが、実は調子は良くなかった。だから、このホールも4番目に打ったのだ。こういう時、本人は興奮していて、どうしてよいのかよくわからない。同伴者の3人があれこれと今後やるべきことをアドバイスしてくれる。

まず、保険には入っているよね!と確かめる。クラブハウスに戻るとすぐに同伴者がクラブ事務所に報告して、キャディと同伴者、関係者全員の確認のサインをする。このことは保険の問題に大きく関係してくるので注意が必ずやっておかなければならない。幸いなことに、会社の取り扱っているゴルフ保険に加入しており、プレイ中人に加えた障害や道具の破損、さらにホールインワン条項も含まれていたので適用されることがわかった。

プレイ後、とりあえずゴルフ場のレストランで簡易なお祝いパーティが開催される。同伴したメンバーからお祝いされるのだが、実際には、本人からのお礼のパーティになる(この費用も領収書があれば保険で降りる)。本格的なお祝いパーティはまた別の場を設けてもっと盛大にやろうと約束してその日は解散となった。

シンガポールでは、朝早めにスタートするとお昼には18ホールが終了する。日本のようにランチタイムを1時間もとることはなく、ハーフが終われば簡単に水分補給して次の9ホールに向かう。だから、お昼時には自宅に帰って家族とランチを摂れる。従って、日本で言うゴルフウィドウということにはならないし、週末の午後の時間は家族と一緒に過ごせるのがいい。

さて、私のゴルフ人生で生涯で一度あるかないかわからないと言われるホールインワンに付き合ってくれたのは、カップヌードルで有名なN食品の社員3名でした。東南アジアでのゴルフなんていい加減で、キャディにチップをはずんでおけば、見ていないところで足で蹴飛ばして入れてくれるというような話も聞いたことがある。しかし、私の場合は、同伴者が信用のおけるメンバーだったことで誰も疑いを抱くことはなかった。

そして、暫くして、N食品シンガポールの社長からお祝いをしたいとの申し出を受け、わが社の支店長ともども高級中華レストランで食事のご招待に預かることになった。驚いたのは、その席で、ホールインワン記念品としてわざわざオーダーして作っていただいた名前入りのプレートをいただいたことだ。しかも、隣国マレーシアの名産品である「セランゴール・ピューター」(錫製)の立派なものだった。プレートにはいかのように刻まれている。

COMMEMORATIOM OF HOLE-IN-ONE
MR. T. NISHI
30th July 1988
AT RAFFLES COUNTRY CLUB
NO.7 HOLE. PALM COURSE
IN SINGAPORE
PRESENTED BY
H. TOGAMI

このプレートは、たかがゴルフのホールインワンの記念品ではあるが、私にとっては、5年強駐在したシンガポール生活のすべてを思い出すことのできる貴重なそして一生の宝物になった。

西  敏

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