1962年7月15日!
DSC07020「はとぽっぽ」歌碑の除幕式を終え、直ぐに母の旧い母校丹鶴小学校へまいりました。ここで名誉市民章授与の式が催されるのです。この丹鶴小学校の玄関に古びた大太鼓が置かれてありました。その昔母はこの太鼓を合図に登校しましたよし、なつかし気にこの太鼓を撫でて居りました。

授与式は万国旗と美しい花でかざられた同校の講堂で挙行されました。式はまず新宮市歌の斉唱に始まり、堀市会議長殿が母の経歴と功績を紹介してくださり、続いて木村市長殿から名誉市民の称号と表彰状が授与されました。

胸に大きな赤いばらの花をつけて頂いて母は佐藤春夫氏に次いで二人目の新宮市名誉市民となられました。市長殿のご挨拶、和歌山県知事の祝辞、そして和歌山県裁判所長であり且つ貞一の親友である熊野啓五郎氏から暖かい親しみのある祝福のお言葉を頂きました。

光栄と歓喜の中に、母は立って謝辞を述べました。そして先年没した夫東基吉の血縁にあたる山本憲子さんから祝福の花束を受けました。母の感慨は無量であったと思います。

続いて丹鶴小学校児童の斉唱「はとぽっぽ」「お正月」「雪やこんこん」等を大喜びで身をのり出して聞き、ありがとうありがとうとお礼を申し述べました。また憲子さんの祖母山本たつのさんの振付による「はとぽっぽ」の可愛らしいおどり、山本さん自演の「荒城の月」等余興の舞踊を見せて頂いて、終わりに感謝の意を表す為に貞一がピアノに向かい、シャミナードの「牧神」を一曲演奏、また綾子は母の作詞、滝廉太郎作曲の「四季の滝」を貞一の伴奏で歌いました」

式の後、母の希望によるサンドイッチとお茶の祝宴を開いて頂いて記念すべき式典を終わりました。

その式の日の午後、杉本義夫氏の御好意によって、なつかしい権現様のお社や由比家旧宅跡などを見せて頂き、又小学校時代の同級生津田つるさんを訪問しました。母より一つ年上のつるさんは、お腰こそ曲がって歩行は不自由になって居られましたが非常にお元気で、生粋の新宮弁でつもりに積もった昔話をしきりになされました。

ところが少々耳の遠くなっている母にはつるさんの生粋の新宮弁がどうもよく聞き取れなくて、思いもかけぬあや子の通訳でなつかしいお話の数々を交わされた事でした。あや子は母の母、由比のおばあ様と八年間程一緒に暮らしていたため、はじめて来た新宮の土地の言葉もよくわかりました。おばあ様と過ごした日々が決して無意味ではなく、お役に立てた事を本当にうれしく思った事でした。

続く

(こぶしん)

 

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