新宮を愛する我がらのコミュニティ・サイト
新着記事

観光情報

太地町の捕鯨の歴史⑥~復元された捕鯨史跡

日本で最初に鯨油を用いた燈明灯台、寛永13年(1636)に建てられた「東明崎」もまた山見の置かれた場所だった。かつて太地崎などと呼ばれたが、灯台ができて明かりが灯されるようになると「灯明崎」になり、今では、東にあるこの岬 …

太地町の捕鯨の歴史⑤~遭難者とくじらの供養塔

明治11(1878)年、の「大背美流れ」事件は、船をほとんど失い、百人余りの漁師が亡くなるという、太地捕鯨の歴史の中で最も大きな事件であった。この時の遭難者の供養のための供養塔「漂流人記念碑」が、太地漁港を見下ろす旧県道 …

太地町の捕鯨の歴史④~和田一族の墓

太地捕鯨の歴史は、そのまま和田一族の歴史でもある。和田一族の菩提寺「順心寺」には、一族代々の墓が建ち並び、日本で初めて突取法により捕鯨業を始めたとされる和田頼元の墓もあるが、中でも最も大きな五輪塔の初代角右衛門頼治の墓か …

太地町の捕鯨の歴史③~古式捕鯨から近代捕鯨へ

遭難事件によって一度は終焉した太地の捕鯨であったが、生き残った人々の手で細々と捕鯨が再開された。わずかに残った古式捕鯨の道具をもとに捕鯨を再開する者や、外部の資本家の力を借りて再開する者もいたが、期待する成果は得られなか …

太地町の捕鯨の歴史②~「背美流れ遭難事件」と鯨方の終焉

日本の捕鯨場が大きな打撃を受けるさなか、太地では追い打ちをかける悲劇が起こった。明治11(1878)年12月24日の午後に「子連れのセミクジラ発見」という報せが鯨方の総指揮者である和田、太地両家に伝えられた。 季節性の大 …

「日本には両替所がありません」?

海外からの旅行者が日本に来た時に見るフリーペーパーやガイドブックには、「日本には両替所がない」と書かれているようだ。また、海外の有名なガイドブックには「日本ではどこでもクレジットカードが使えると思ってはいけない。常に十分 …

外国人観光客アンケート結果報告①

新宮ネットでは、今年1月から、徐福寿司駅前店さんに協力していただき、外国人観光客に対してアンケートを実施しております。新宮を訪れる外国人旅行者がどのような手段で情報を得て来るのか、実際に訪れた観光客がどんな感想を持って帰 …

A letter from Minnesota U.S.A.~ミネソタからの便り

Nachi Falls was a beautiful area to explore and a nice change of pace from the large cities I visited beforeha …

外国人観光客アンケート(@徐福寿司)実施報告

新宮ネットでは、今年、1月から3月までに徐福寿司を訪れた外国人観光客に対して、試験的に、新宮観光についてのアンケートを実施してみました。訪れた客数はこの3倍くらいはおりましたが、アンケートに回答いただけたのは、9名でした …

緊急連絡!今夜BS朝日で熊野古道を放映!

今日、19:00~23:00、BS朝日で鉄道絶景の旅4時間スペシャル 熊野古道と絶景海岸春の紀伊半島旅が放映されます。 大阪~和歌山~三重、お伊勢参り、本州最南端の岬、世界遺産探訪那智の滝、信仰の本山!熊野三山、獅子岩、 …

« 1 2 3 4 »

観光情報

0

カテゴリー

Count per Day

  • 387630総閲覧数:
  • 37今日の閲覧数:
  • 175昨日の閲覧数:
  • 2016年3月28日カウント開始日:

QR Code

PAGETOP
Copyright © 新宮ネット All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.