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新宮城跡散策マップ

城を学ぶ㉔新宮城跡散策マップ⑯~ケーブルカー軌道跡

ケーブルカー軌道跡 昭和55年まで20年あまり鐘の丸跡で民間旅館が営業していた際に用いられていたケーブルカーの名残。

城を学ぶ㉓新宮城跡散策マップ⑮~川上不白の顕彰碑

川上不白の顕彰碑 川上不白は1719年新宮水野氏の家臣の家の生まれ。16歳で京都の表千家如心斉のもとに入門。32歳のとき、江戸に出て「江戸表千家不白流」の祖となった。 後に、不白顕彰会により建てられた石碑には、不白が好ん …

城を学ぶ㉒新宮城跡散策マップ⑭~石割のクサビ跡

石割のクサビ跡 石材は鉄の矢(クサビ)を打ち込んで割られた。その矢の跡(矢穴)が残っている。 ~つづく~

城を学ぶ㉑~新宮城跡散策マップ⑬~本丸から熊野灘を望む

本丸から熊野灘を望む 城からは熊野灘が一望でき、海上を監視することができた。また、船からは天守が熊野灘航行の目印になったという。新宮城の別名が「沖見城」と呼ばれた海上交通に対する機能を物語っている。

城を学ぶ⑳新宮城跡散策マップ⑫~与謝野寛の歌碑

与謝野寛の歌碑 与謝野寛(鉄幹)は新宮を2度訪れた。 「高く立ち 秋の熊野の海を見て 誰そ涙すや 城の夕べに」 1906年来訪の折に詠んだとされている。

城を学ぶ⑯新宮城跡散策マップ⑧~石垣の刻印

石垣の刻印 〇に点や△に一、大の文字など刻印が見られる。 ※刻印=石垣の石材に刻まれた符号

城を学ぶ⑮新宮城跡散策マップ⑦~水ノ手

水ノ手 熊野川に面し港跡がある。洪水に備え6mもの高さの石垣が築かれている。また20棟の建物跡が発見されており、備長炭を専売していた領主水野氏の炭納屋跡と想定されている。 ~つづく~

城を学ぶ⑭新宮城跡散策マップ⑥~浅野期と水野期の石垣

浅野期と水野期の石垣 下段は浅野期の石垣と見られている。その上に水野期の石垣が築かれていることになる。

城を学ぶ⑬新宮城跡散策マップ⑤~本丸の武者返し

本丸の武者返し 反りを付けた石垣は武者返し又は扇の勾配と言われ、石垣全体に反りをつけるのではなく、石垣上部で勾配を強くしていくことで反りを形成。 ~つづく~

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