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文化歴史散歩

紀州熊野捕鯨船屏風

このほど、那智参詣曼荼羅とともに県文化財に指定された「紀州熊野捕鯨船屏風」は、郷土史家・田中敬忠(1897-1989)の紀州ゆかりの文化財コレクションに含まれていたもので、平成元年(1989)に県立博物館に寄贈された。6 …

那智参詣曼荼羅が県文化財に

先に紹介した美術工芸品絵画「那智参詣曼荼羅」が、同じく「熊野観心十界曼荼羅」、及び美術工芸品歴史資料「紀州熊野捕鯨船屏風」とともに、このほど和歌山県教育委員会により、県の文化財に指定されました。 今回指定を受けた「那智参 …

新宮城年表

新 宮 城 年 表 西暦 年号 記     事 1600 慶長5年 10月浅野幸長が紀伊入国。浅野忠吉が新宮領主として入城。 1601 慶長6年 浅野忠吉、新宮城縄張工事に着手する。 1614 慶長19年 12月20日、 …

新宮城

新宮ネットの共同代表である「こぶしん」こと小渕伸二氏が、2018年3月3日午前7:35からNHKラジオで放送された「歴史を探しに 城歩きの勧め」(作家:伊藤 潤)を聞いて、その内容を書き起こしてくれました。大変貴重な内容 …

世界遺産「阿須賀王子跡」(阿須賀神社・蓬莱山)

熊野は、これまでどちらかというと全国の観光地の中でもマイナーな存在であったと思う。しかし、2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコの世界遺産として登録されて以来、アクセスが少々不便であるにもかかわらず、次第に …

那智参詣曼荼羅

「那智参詣曼荼羅」は、熊野本願寺院に所属した熊野山伏や比丘尼が、庶民への布教と勧進のため、全国に持ち歩いた霊場案内図である。那智参詣曼荼羅図には中世の信仰の様子が描かれている。神仏が習合したこの聖地曼荼羅を見てみよう。 …

古い新聞記事に思う

友人から、新宮へ帰省した時に持ち帰った古い新聞記事の切り抜きが送られてきた。見ると、半世紀前(昭和41年-1966年)に発行された地元新聞のコラム記事でお題は「お灯まつり余話」とあり、祭りと観光施策についての意見を述べて …

八咫烏⑤~世界の三足烏

三本足の烏についての神話は他の国でもみられる。Wikipediaに記述が見られたので紹介したい。 各国の神話 3本足の鳥の神話は世界に広がっており、太陽と関連付けられていることが多い。 中国 三足烏(さんそくう、さんぞく …

八咫烏④~三本足の意味

八咫烏の三本足の意味については諸説あるようだが、Wikipediaでの説明がわかりやすいので紹介したい。 三本足の意味 八咫烏が三本足であることが何を意味するか、については諸説ある。熊野本宮大社では、八咫烏の三本の足はそ …

八咫烏③~「八咫烏」の意味は?

神武東征の時に熊野から大和に導いたといわれる八咫烏は、古事記では「大烏」、「日本書紀」では「頭八咫烏」と表記されている。「八咫烏」の意味はそもそも何なのだろうか?実は諸説あってどれが真実なのかいまだにはっきりとはしていな …

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