新 宮 城 年 表
西暦 年号 記     事
1600 慶長5年 10月浅野幸長が紀伊入国。浅野忠吉が新宮領主として入城。
1601 慶長6年 浅野忠吉、新宮城縄張工事に着手する。
1614 慶長19年 12月20日、北山一揆で約3000人が新宮城を攻める。
1615 元和元年 一国一城令で一旦廃城となる。
1618 元和4年 浅野忠吉、新宮城縄張工事に着手する。再び築城に着手。
1619 元和5年 浅野家の新宮城が完成する。浅野忠吉、三原へ移封。
    水野重仲が新宮に入る。重仲築城工事を継続する。
1628 寛延5年 伊佐田の田地を堀とする。
1633 寛延10年 水野氏の新宮城完成。(総石垣の優美な平山城)
1644 正保4年 幕府、諸藩に城絵図の提出を求める。(正保城絵図)
1664 寛文4年 6月12日夜、地震。松ノ丸崩れる。
1669 寛文9年 御城御普請成就。
1707 宝永4年 10月4日大地震。お城廻り、諸士、町方家所、垣、石垣崩れる。
    浦々津波、川内へも大波。
1709 宝永6年 御城の石垣大普請。
1854 安政元年 11月5日大地震。橋本水野家墓所の石碑みな倒れる。
1872 明治5年 1月、御城内の所々役所向きを廃止、取り払う。
1873 明治6年 1月14日明治政府が「廃城令」を発する。
1875 明治8年 御城建造物取り払われる
1922 大正11年 11月お堀埋め立て工事完成。
1952 昭和27年 アグネス台風により、天守台石垣崩落。
1980 昭和55年 新宮市、都市公園として計画発表。
1981 昭和56年 第1次発掘調査(本丸、本丸腰曲輪)
1982 昭和57年 第2次発掘調査(鐘ノ丸)
1994 平成6年 第1次時水ノ手郭発掘調査。
1995 平成7年 出丸、発掘調査。
1997 平成9年 松ノ丸~水ノ手石垣発掘調査。
1998 平成10年 大手道の発掘調査。
2000 平成12年 松ノ丸の発掘調査。
2003 平成15年 国史跡指定
2017 平成29年 続日本100名城に指定(公益財団法人日本城郭協会)
    (作成:小渕伸二)

 

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