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新宮市名誉市民

佐藤春夫(1)はじめに

佐藤春夫は、大正時代に新進作家としてデビューして以来、詩、小説、評論、随筆など多くの作品を著し、小説「田園の憂鬱」、詩「殉情詩集」で文壇での地位を確立した。芸術院会員となり、わが国の近代文学界で大きな足跡を残した結果、文 …

佐藤春夫~わんぱく時代

前回、帰省した時に姉から一冊の文庫本をもらった。ふるさと新宮市が誇る初代名誉市民の文豪・佐藤春夫著「わんぱく時代」だ。姉は、以前から地元の文化活動などに参加しており、佐藤春夫関連の講習会や勉強会などにはいつも参加している …

望郷五月歌~佐藤春夫

望郷五月歌~佐藤春夫 塵まみれなる街路樹に 哀れなる五月(さつき)來にけり 石だたみ都大路を歩みつつ 戀しきや何ぞわが古郷(ふるさと) あさもよし紀の國の 牟婁の海山 夏みかんたわわに實り 橘の花さくなべに とよもして啼 …

新発見!谷中安規の「桃太郎」草稿

今回、あらたに谷中安規の『童話絵本 桃太郎第一稿本』草稿11枚(含む・表紙)が見つかりました。左上に、「慵斎先生、息 方哉君への童話絵帖作成スルニツイテノ参照本」の書き込みがあります。「慵斎先生」とは、この頃佐藤春夫が号 …

佐藤春夫と谷中安規

佐藤春夫の小説に『環境』というのがあります。1943(昭和43)年5月刊行のこの本の表紙カバーを外すと、表に桃の画(方哉[まさや]の誕生を祝して春夫が描いたもの)が描かれ、裏表紙に記されているのが、「方哉は日本一のせがれ …

「亡友谷中安規」~佐藤春夫の追悼

(略)谷中安規ははじめ朝鮮の親もとから脱出して来て長谷川巳之吉氏の第一書房の発送係か何かに住み込んでゐた二十ばかりのころ、友人堀口大学のところで初めて出あった後、僕が彼の画才と赤貧に処して卑俗でないその生活態度とを愛して …

谷中安規「画人としての半生」

旬日ならずして、風の如く、当時、新築の佐藤春夫氏方にまかりいでぬ。君のくるのを待ってゐたと申されき、「苦楽」と云ふ雑誌に支那小説をかくが挿絵をかきては如何に、約一年程、連続す、さすれば君の生活も助からう、われ未熟乍ら人の …

版画同人誌「白と黒」

1930(昭和5)年7月、料治熊太(1889-1982)によって創刊された版画同人誌。谷中安規が係わるのは1932(昭和7)年の第22号からと、同じく料治によって刊行された「版芸術」第2号からですが、以後、両誌が終刊する …

谷中安規

内田百閒に「風船画伯」と呼ばれた流浪の版画家谷中安規は、1897(明治30)年奈良県磯城郡(現・桜井市)、昔から観音信仰で有名な長谷寺近くの参道の商家で生まれています。母を6歳で亡くし、1904(明治37)年頃、父の仕事 …

「絵本 FOU」

美術的な才能にも恵まれていた佐藤春夫は、ほんの装丁、本造りにもなみなみならぬ関心を抱いていた作家でした。主人公の画家マキ・イシノのフランス・パリでの暮らしぶりをややメルヘンチックに描いた作品が『FOU 一名「おれもさう思 …

「街の本」シリーズ

谷中安規が、1933(昭和8)年の国画会に出品した<街の本>は4点シリーズ。「ムーラン・ルージュ」はパリの有名なレヴュー劇場をまねた新宿の軽演劇「ムーラン・ルージュ新宿座」がモチーフ。赤い電飾を灯した4枚羽のムーラン・ル …

風船画伯・谷中安規と佐藤春夫

この記事は、平成28年11月15日(火)から、29年3月12日(日)まで佐藤春夫記念館で開催された企画展「風船画伯・谷中安規と佐藤春夫」に用いられたトーク資料を元に書かれています。今回、あらたに佐藤家で見つかった谷中作品 …

現代文学の旗手~中上健次

戦後生まれで初の芥川賞受賞 1946中年(昭和21年)8月2日生まれの中上健次は、県立新宮高校を卒業するとすぐに上京します。東京オリンピックで大きく変貌を遂げた直後の東京でした。同人雑誌「文藝首都」で文学修業をし、ジャズ …

抽象画家の先駆け~村井正誠②

抽象画を発表、注目を浴びる 1932年(昭和7年)7月、27歳のときに帰国し、翌年2月、小川孝子と結婚します。1934年(昭和9年)2月、村井正誠個展を銀座の紀伊国屋ギャラリーで開催して好評を得ます。 「村井君の滞欧作品 …

抽象画家の先駆け~村井正誠①

村井正誠生育の家跡(新宮市下本町1丁目2-16)【地図】 村井正誠(1906-1999)は、最初期の抽象画家。新宮市民会館の壁画や新宮高校正面玄関の絵画。お城の与謝野寛の碑などの作品が新宮市内に残っています。父は村井眼科 …

新宮市名誉市民・東くめ④~よろこびと感謝

このたびは皆様の一方ならぬご尽力にて鳩ぽっぽ歌碑の除幕式、新宮市名誉市民賞の授与式にお迎えいただきまして、七十年の長い年月なつかしく思いつづけて居りました私の生まれた土地に帰る事が出来ましたことを誠にありがたく御礼申し上 …

東くめのこと③~新宮訪問を振り返って(あや子記)

1962年7月15日! 思えば今回の新宮訪問は母にとってはもとより、私共にとっても非常に輝かしい光栄に満ちたものでありました。過って父基吉が母と共著の歌集を出版しました頃に、なつかしい故郷新宮の事をよく私共に語って居られ …

東くめ②~名誉市民称号授与式のこと(あや子記)

1962年7月15日! 「はとぽっぽ」歌碑の除幕式を終え、直ぐに母の旧い母校丹鶴小学校へまいりました。ここで名誉市民章授与の式が催されるのです。この丹鶴小学校の玄関に古びた大太鼓が置かれてありました。その昔母はこの太鼓を …

新宮市名誉市民「東くめ」のこと①(あやこ記)

新宮駅前広場での「はとぽっぽ」歌碑除幕式のこと(あや子記) 1962年7月15日。この日は私共の母「東くめ」にとって真に記念すべき生涯最良の日であったと思います。雷さえ鳴った前日の曇り空に引きかえ、ふき清めたように雲一つ …

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